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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1278号 判決 1999年5月12日

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人らの本件各訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は、一、二審を通じて、控訴人らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1 原判決を取り消す。

2 亡乙花子の平成二年六月七日付け原判決別紙記載内容の自筆証書遺言が無効であることを確認する。

3 被控訴人甲秋子が亡乙花子の遺産について相続権及び受遺能力を有しないことを確認する。

4 被控訴人宮原守男は、亡乙花子の平成二年六月七日付け原判決別紙記載内容の自筆証書遺言の執行をしてはならない。

5 訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は、控訴人らの負担とする。

第二  本件事案の概要及び当事者双方の主張

一  本件事案の概要及び本案に関する当事者双方の主張等は、原判決の「事実及び理由」欄の第二の「事案の概要」の項に記載のとおりであるから、この記載を引用する。

すなわち、本件は、亡乙花子の子であると主張する控訴人らが、亡乙花子の遺産である本件株式を被控訴人甲秋子に相続させる旨が記載された亡乙花子の自筆証書遺言である本件遺言書について、これは亡乙花子の子であると主張する被控訴人甲秋子が偽造したものであるから無効であり、かつ、同被控訴人には相続及び遺贈の欠格事由があるとして、前記のとおりの裁判を求めている事案である。

二  なお、被控訴人らの亡乙花子との親子関係の有無について、被控訴人らは、控訴人らと亡乙花子との間にはいずれも実親子関係あるいは養親子関係さらには継親子関係が存在せず、控訴人らはいずれも亡乙花子の相続人に該当しないから、そもそも控訴人らには本件訴訟の当事者適格がないと主張している。

これに対し、控訴人らは、次のとおり、控訴人らと亡乙花子との間にはいずれも親子関係が存在し、あるいは亡乙花子の受遺者であることなどからして、本件訴訟の当事者適格を有するものであると主張している。

1 控訴人甲一郎

(一) 控訴人甲一郎は、昭和二七年一二月ころから亡乙花子との間で中国法にいう収養関係(事実上の養親子関係)があり、したがって、亡乙花子との間に養親子関係があることとなる。

(二) また、控訴人甲一郎は、亡甲太郎の実子であるところ、亡甲太郎と亡乙花子とは昭和二〇年ころ出会って以来、終生にわたって事実上の夫婦関係にあり、しかも控訴人甲一郎は、昭和二七年に来日して以来亡乙花子との間に事実上の養親子関係を持つに至っているから、中国法にいう継子として亡乙花子との間に親子関係があることとなる。

2 控訴人甲春子

(一) 控訴人甲春子は、亡乙花子との間で中国法にいう収養関係(事実上の養親子関係)があり、したがって、亡乙花子との間に養親子関係があることとなる。

(二) さらに、控訴人甲春子は、亡甲太郎の養女であるところ、亡甲太郎と亡乙花子とは事実上の夫婦関係にあり、したがって、控訴人甲春子は、中国法にいう継子として亡乙花子との間に親子関係があることとなる。

3 控訴人甲二郎

(一) 控訴人甲二郎は、昭和二五年五月一日に浅草寺病院で出生した中国人である。すなわち、その生母の名はつまびらかでないが、中国人であることは明らかであり、控訴人甲二郎は、中国人の嬰児として、亡甲太郎と亡乙花子との夫婦に引き取られたものである。仮に、右の出生時に中国国籍を取得していなかったとしても、控訴人甲二郎は、昭和四八年三月に日中両国間での大使交換が実現し、中国(中華人民共和国)が国籍を明確にするため中国国籍の取得を希望する者に対して全国各地僑会での会員登記手続を実施したのに応じて、同年四月二日に東京華僑総会において会員登記手続をすることにより、中国国籍を取得した。さらに、右のいずれの主張も認められないとしても、控訴人甲二郎は、右のとおり、出生と同時に中国人として取り扱われ、以後終始中国人としての生活を続けてきているから、その出生時から結婚して独立の生計を営むようになった昭和四八年三月の時点までに少なくとも二〇年以上を経過したことにより、時効によって中国国籍を取得した。

したがって、控訴人甲二郎の養子縁組の効力については中国法が適用されるところ、控訴人甲二郎は、右のとおり亡甲太郎と亡乙花子夫婦間の子として届け出られ、以後亡乙花子との間に実親子関係と変わらない関係が続いてきており、このような亡乙花子との関係は、中国法にいう収養関係(事実上の養親子関係)に該当するから、控訴人甲二郎は、亡乙花子との間に養親子関係があることとなる。

(二) また、控訴人甲二郎は、亡乙花子との間に扶養関係があるから、中国法にいう継子として亡乙花子との間に親子関係があることとなる。

(三) 仮に控訴人甲二郎が日本人であるとしても、亡乙花子との間に中国法にいう収養関係(事実上の養親子関係)があったことは右のとおりであるから、中国法により、控訴人甲二郎と亡乙花子との間に養親子関係が認められるものというべきである。

(四) さらに、控訴人甲二郎と亡乙花子との間に養親子関係が認められないとしても、両者の間には、事実上の養親子関係(いわゆる内縁養親子関係)が存在していたことは右のとおりであり、亡乙花子においても控訴人甲二郎に自己の相続人の地位を与える意思があったことは明かであるから、このような事実関係の下では、控訴人甲二郎に、内縁養子として亡乙花子の相続人の地位が認められるべきである。

(五) また、控訴人甲二郎は、亡乙花子の本件公正証書遺言によって亡乙花子の遺産を承継した受遺者であり、右の公正証書遺言には、亡乙花子の遺産のうち現金、預金を控訴人甲二郎を含む相続人らに承継させる旨の記載があるところ、この公正証書遺言の当時は、本件株式を亡乙花子の生存中に他に売却してこれを現金化することが予定されていたのであるから、控訴人甲二郎は、本件株式を被控訴人甲秋子に相続させる旨が記載された本件遺言書が偽造された無効なものであることを主張する利益を有し、これによって、本件訴訟の当事者適格を有することとなる。

第三  当裁判所の判断

一  亡乙花子及び亡甲太郎と控訴人らの関係等について

まず、亡乙花子は、一九一〇(明治四三)年一〇月一三日に現在の中国で生まれ、戦前に日本に渡航してきて以後日本に居住し、平成二年六月一四日に東京都で死亡した中国籍を有する女性であり、また、亡甲太郎は、一九一一(明治四四)年二月一日に中国で生まれ、遅くとも昭和二二年ころには日本国内に住居を定め、昭和六一年四月七日に東京都で死亡した中国籍を有する男性である。亡甲太郎には中国に正妻の丙松子があったが、亡乙花子と亡甲太郎とは、日本において長く共同で事業を行うなどし、また、事実上の夫婦関係にあったことが認められる(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。

ところで、一九九〇(平成二)年八月二九日付けの中国日本大使館領事部作成の公証書には、亡乙花子の養子として控訴人甲一郎及び同甲春子が記載されており、また、一九八六(昭和六一)年六月一三日付けの中国日本大使館領事部作成の公証書には、亡甲太郎の妻として丙松子、実子として控訴人甲一郎、養子として控訴人甲春子及び同甲二郎が記載されている。しかし、亡乙花子と控訴人甲一郎との間及び控訴人甲春子との間にいずれも養親子関係が存在しないことについては、すでにその事実を確認する裁判が確定しており、また、亡乙花子と控訴人甲二郎の間に実親子関係が存在しないことについても、すでにその事実を確認する裁判が確定している。

二  中国法の下での養親子関係、継親子関係の成立要件について

1 養親子関係について

中国法の下では、養親子関係は「収養」(養子縁組)という法律行為によって形成されるものとされており、この「収養」は、収養人(養父母)、送養人(実父母)及び識別能力を有する被収養人(養子女)が自発的意思により表明した意思に基づいて成立する協議であり、一定の書面の形式でなされ、かつ、法の承認を受けなければならないものとされている。すなわち、養親子関係を成立させるには、養子となる者の実父母が関与して縁組を行うことが必要なものとされているのである。

もっとも、親戚及び友人に公認され、あるいは、確かに養親子の関係で長期にわたり共同生活をしてきたことを証明できる場合は、法律的な手続きをしていなくても養親子関係が認められるものとされていることがうかがえる。すなわち、正規の縁組が行われていない場合でも、事実上の養親子関係が成立している場合には、養親子関係が認められる場合があることとなるのである。

2 継親子関係について

中国法の下では、父母の一方の死亡によりもう一方が子女を連れて再婚した場合、あるいは父母が離婚し一方又は双方が子女を連れて再婚した場合、継父母と継子女の関係が形成されるものとされ、継父母と継子女の間には相互に財産相続の権利があるものとされている。もっとも、この継父母と継子女の法律関係は、継父又は継母と継子女の間に扶養と教育の関係が形成されてはじめて発生するものとされている。

また、この継父母と継子女の関係に類似するものとして、旧社会で形成した一夫多妻の家庭の中では、子女と実母以外の父の配偶者の間に扶養関係があれば、互いに相続権があるものとされている。もっとも、この継子に類似する関係と認められる一夫多妻の場合としては、二人の妻が一人の夫を中心として、それぞれの子とともに一つの家族を形成しているケースが想定されている。

三  控訴人らと亡乙花子との間での親子関係等の存否について

1 控訴人甲一郎について

まず、控訴人甲一郎は、亡乙花子との間に養親子関係が存在するものと主張するが、両者の間に養親子関係が存在しないことを確認する裁判が確定していることは前記のとおりであるから、控訴人甲一郎の右の主張は失当である。

次に、控訴人甲一郎は、亡乙花子との間に継親子関係が存在するものと主張する。しかし、両者の間の継親子関係の成否を中国法に照らして判断すべきものとしても、中国法にいう継親子関係が認められるためには子の継父母となる者が再婚(すなわち、正規の婚姻)をすることが必要とされることは前記のとおりである。そうすると、前記のとおり、控訴人甲一郎がその父であるとする亡甲太郎には丙松子という正式の妻があり、亡甲太郎と亡乙花子との関係が事実上の夫婦関係にとどまるものであった以上、控訴人甲一郎と亡乙花子との間に継親子関係が存在するものとすることは困難なものといわざるを得ない。

もっとも、中国法の下では、一夫多妻の家庭の中でも継親子関係に類似の関係が認められる場合があることは前記のとおりである。しかし、この継親子関係に類似の関係が認められるのが、二人の妻が一人の夫を中心としてそれぞれの子とともに一つの家族を形成しているケースについてであることは前記のとおりであり、本件がそのようなケースでないことは明かであるから、控訴人甲一郎と亡乙花子との間にこのような継親子関係に類似する関係を認める余地もないものとせざるを得ない。

2 控訴人甲春子について

控訴人甲春子は、まず亡乙花子との間に養親子関係が存在するものと主張するが、両者の間に養親子関係が存在しないことを確認する裁判が確定していることは前記のとおりであるから、右の主張は失当である。

次に、控訴人甲春子は、亡乙花子との間に継親子関係が存在するものと主張するが、控訴人甲春子と亡乙花子との間にも継親子関係あるいはこれに類似する関係を認めることができないことは、前記の控訴人甲一郎の場合と同様である。

3 控訴人甲二郎について

(一) 《証拠略》によれば、控訴人甲二郎は、昭和二五年五月一日に東京都内の浅草寺病院で亡甲太郎と亡乙花子との間に出生したものとして出生届がされているが、これは、亡乙花子が、亡甲太郎の中国にいる妻丙松子と両名の間の子に対抗するため、浅草寺病院で出生した父母不明の子である控訴人甲二郎を事実上の養子としてもらい受けることとし、亡甲太郎との間の実子として届け出たものであり、以後控訴人甲二郎は、事実上亡甲太郎と亡乙花子との子として育てられてきていることが認められる。

控訴人甲二郎は、その氏名は明らかでないものの生母が中国人であったことは明らかであるから、出生によって中国国籍を取得したと主張する。しかし、日本で出生した子は、その父母がともに特定されない以上、父母が中国人であった可能性がある場合であっても、日本国籍を取得することとなることは、当時の国籍法の関係規定の定めからして明らかであるから、控訴人甲二郎の右の主張は失当である。右の事実関係からすれば、父母が不明であった控訴人甲二郎は、日本で出生したことにより日本国籍を取得したこととなる。なお、このように出生によって日本国籍を取得した日本人である控訴人甲二郎について、東京華僑総会への会員登記あるいは時効によって中国国籍の取得が認められるべきであるとする控訴人甲二郎の主張が、独自の見解であって採用できないことは明らかである。

(二) そうすると、日本人たる控訴人甲二郎と中国人たる亡甲太郎と亡乙花子との間での養子縁組の要件については、昭和二五年当時の法例の規定により、各当事者につきその本国法(日本法及び中国法)が適用されることとなる。すなわち、右の養子縁組については、少なくとも子の本国法となる日本法の規定に照らし、当時未成年者であった控訴人甲二郎を養子とする縁組について家庭裁判所の許可等の手続きが必要とされることとなるところ、それらの手続きが取られていないことは明らかである。したがって、控訴人甲二郎と亡乙花子との間に養親子関係が存在するとすることはできないこととなる。

また、控訴人甲二郎は、中国法による養子あるいは継子として亡乙花子との間に親子関係が存在すると主張するが、前記のとおりの控訴人甲二郎の乙花子との間柄及び法例の規定並びに中国法にいう継親子関係あるいは継親子類似関係の内容からして、控訴人甲二郎と亡乙花子との間に養親子関係、継親子関係あるいはこれに類似する関係を認めることができないことも明らかである。

次に、控訴人甲二郎は、亡乙花子の事実上の養子(いわゆる内縁養子)である控訴人甲二郎にも亡乙花子を相続しうる地位が認められるべきであると主張するが、現行の民法の規定の解釈として右の見解を採用することができないことはいうまでもないところである。

(三) さらに、控訴人甲二郎は、亡乙花子の受遺者として、本件遺言の無効確認を求める法律上の利益を有する旨を主張しており、確かに、亡乙花子の公正証書遺言では、亡乙花子の所有する現金、預貯金から葬儀費用等の経費を差し引いた残余を控訴人甲二郎を含む相続人四名に均分に相続させるものとされていることが認められる。しかし、控訴人甲二郎と亡乙花子との間に前記のとおり親子関係を認めることができない以上、右の遺言によって、控訴人甲二郎はせいぜい亡乙花子のこれらの財産について受遺者の地位を取得し得るにとどまることとなるが、本件株式が結局亡乙花子の生存中には現金化されずその遺産に含まれる結果となったものである以上、亡乙花子の相続人の地位を有しない控訴人甲二郎が、本件遺言の対象となっている本件株式を相続によって取得する余地がないことは明かであり、したがって、控訴人甲二郎のこの主張も失当なものといわざるを得ない。

四  結論

結局、各控訴人らと亡乙花子との間にはいずれも親子関係を認めることができず、また、その他に各控訴人らが本件遺言の無効確認を求めるについて法律上の利益を有するものとすべき事情を認めることもできない。

そうすると、控訴人らはいずれも本件訴訟の当事者適格を有していないこととなるから、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決を取り消し、控訴人らの訴えをいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 増山 宏 裁判官 合田かつ子)

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